◆ このページのお奨めポイント ◆
業務中の熱中症死亡事件を、体験を元にしたドキュメンタリー風に書いています。 この種の経験を有している弁護士は全国でもかなり少ないと思われ、他ではなかなか読めない内容だと思います。
調査と分析 熱中症による死亡事件と労災
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STEP1
弁護士への相談
加地弘への相談はこんなふうに始まります。
その時点でご遺族にわかっていることはほとんどありません。 被災者がどこで、どんな仕事を、いつ頃からしていたのか、その日に何が起きたのか、何も情報がないのです。
わかっていることといえば、
とかつて故人が言っていたこと。
そして病院で会社の人間にもらった名刺から、かろうじて会社の名前と所在地ぐらいは判明している。 そうした状況で加地弘のもとを訪れます。
Point
ご遺族に遺体の検案書を見せてもらうと・・
しかし「熱中症の疑いあり」とも記されている・・)
と、はっきりしないことが書かれているかもしれません。 熱中症では死因に「多臓器不全」や「腎不全」などと記されることも多く、ご遺族は当惑しがちです。
被災者が亡くなった日のWBGT(暑さ指数)をすぐに調べます。値が高かったことがわかれば・・
と想像はできるものの、なにしろ情報が足りません。
とお伝えします。
大切な人がお亡くなりになったとき、その原因がはっきりしないのはつらいことです。 何があったのか明らかにしたい、ご遺族はみなそうした思いを強く持っています。
こうして加地弘の仕事が始まります。
まずは情報の収集・分析からです。
STEP2
情報の収集
まず被災者が亡くなった病院からカルテを入手します。 弁護士会照会を使ってこちらから病院に請求してもいいですが、ご遺族に取ってもらったほうが早いので、可能であればそうしてもらいます。
Point
続いて、この事故で救急車が出動しているのなら、その時の様子を救急隊から聞きたいので、消防署に弁護士会照会をかけます。 尋ねる内容は、
- 事故の概要
- 通報者の氏名・住所・連絡先
- 隊員が接触したときの被災者の意識状態とバイタル(脈拍や呼吸)
- 気温・湿度・被災者の服装
- 実施された応急措置の内容
などです。これらの情報は労災の請求、そしてこの後あるかもしれない会社との裁判において、重要な鍵となりそうです。
Point
さらに被災者の遺体を検案した病院から詳しく話を聞きたいので弁護士会照会をかけ、遺体検案にあたって作成された書類や各種検査資料の写し一式を請求します。
Point
また、死亡事故であれば会社は労基署に「死傷病報告書」を出しているはずなので、それを労基署へ請求します。 これは会社が今回の事故の概要について労基署に提出したものです。
Point
そしてこちらから会社に連絡をとります。
おそらく会社も弁護士をつけてくるでしょう。 この後は弁護士どうしのやり取りとなります。
こちらから尋ねる内容は、
- 業務内容
- 雇用形態・労働条件・入社日
-
現場の作業環境
(空調設備の有無、気温、湿度、温度計・湿度計設置の有無、作業員の服装)
などで、請求するものは、
- 業務の内容がわかる書面の写し
- 出勤日がわかる書面の写し
- 被災者に関係する業務日報
- 健康診断をしていたのであればその結果の写し
といったものです。
Point
各所に請求したこうした諸々の情報が1ヶ月程度でそろうと思います。
STEP3
事故の分析
集まった情報からかなりのことが見えてきます。
死亡事件では被災者の業務内容がはじめは詳しくわからないことが多いですが、会社からの聞き取りでおおよそのことが判明します。
作業の負荷が高いほど、仕事が原因で熱中症にかかったと推認されやすくなります。
身体がまだ暑さに慣れていない頃に現場で倒れたのであれば、アオバさんが熱中症にかかっていた可能性がより高まります。
暑熱な環境であるかを判断するためのWBGT(暑さ指数)という指標があります。 気温だけでなく、湿度や風速、日当たり、照り返しの輻射熱を考慮した数値です。
作業内容や着用している衣類、そしてどれだけ身体が暑さに慣れていたかにもよりますが、 一般にはWBGTが25℃に達するあたりから危険度が増していき、28℃を超えると、軽作業でも危険であるとされています。
どれだけ暑い環境だったのかは重要です。
作業着を2重に着用していたり、通気性の低い素材であった場合は、アオバさんが熱中症にかかっていた可能性がより高まります。
会社の責任問題にもなってくる部分のため、充分な補給をさせていたと会社は言ってくるでしょう。
これも責任問題になる部分のため、休憩をさせていたと会社は言うでしょう。
一部の病気やその治療薬は熱中症を起こす可能性を高めます。 被災者の側にも原因があったのだからという理屈で、会社の責任を減じる方向に働くかもしれません。
一方で、会社が心臓病とわかっているアオバさんに配慮をしなかったのではないか、という点を追求することもできます。
会社の主張によれば、アオバさんはその日の14:00に体調が悪くなったとのことだ。
すぐに休ませて冷たい水を脇に当てるなどの処置をしていたが、回復せず14:30に呼吸が荒くなったため現場責任者が救急車を呼んだ、と会社は言っている。
被災者の容体が悪化した時間と、会社が救急車を呼んだ時間は重要です。 2つの時間に開きがあるほど、もっと早く救急車を呼ぶべきだったのではとの疑いが強まるからです。
そのため、会社はしばしば時間を偽ります。
会社がこちらに説明していることと、その日に救急隊に告げていた内容とが異なる場合があります。 そういうところから、会社の嘘が判明します。
救急隊によれば、現場への到着は14:40であり、その時アオバさんの意識レベルはJCS300で痛みや刺激に反応しない状態、 呼吸は感じられず脈拍もふれず血圧は0、だったとのことだ。
救急車を呼んだ時には既に亡くなっていたように思える・・。
救急隊から現場に到着した時の被災者の様子を聞きます。
1つにはもちろん、被災者の状況が熱中症の症状に合致していることを確認するためですが、もう1つは救急車を呼んだ時の状況について、 会社の説明に矛盾がないかを調べるためです。
高体温は熱中症の典型的な症状ですから、アオバさんが熱中症で亡くなったことを示す有力な証拠です。
褐色の尿は重度の脱水症状の証です。やはりアオバさんが熱中症で亡くなったことを示す有力な証拠です。
分析が終わりました。 やはりアオバさんは熱中症で亡くなったようです。そして会社がだいぶ嘘をついているようであることもわかってきました。
会社への賠償請求の可能性も出てきましたが、まずは労災の申請です。 調査でわかったポイントを踏まえ、労基署に効果的な立証を行います。次のページに続きます。
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