労災と会社の責任 会社を相手に民事訴訟を起こす
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STEP6
会社を訴える
仕事が原因でケガや病気をしたとき、会社を相手に裁判を起こすことがあります。
さきほどのページで説明した、国を訴える裁判、とはまた別です。
あれは国の決定に納得がいかない場合におこなう裁判でしたが、
こちらの裁判は、会社の責任を追及し、賠償を求めるためのものです。
会社は、労働者の生命や身体を危険から保護するよう配慮する義務を負っています。
それを怠ったことが原因で労働者がケガをしたり病気になったのであれば、会社は慰謝料などの損害賠償をする責任を負うのです。
ということですか?
おおむねそういうことなのですが、厳密にいうと、国から労災の認定を受けたかどうかは関係ありません。認定を受けられなかった場合や、そもそも労災の申請をしていない場合でも、会社を訴えることはできます。
国の認定と、会社を訴える民事裁判は、互いに独立しているのです。
この辺りはやや複雑な話ですので、後ほどまたご説明いたします。
どのような場合に、会社は責任を負うのか
では会社に責任がある場合とは、どのような場合でしょうか?
大きく次の3つに分けることができます。
- 会社が積極的に、労災の加害者である場合
- 積極的な加害者とまではいえなくとも、為すべきことをしなかった場合
- 使用者責任を問われる場合
1.会社が積極的に、労災の加害者である場合
会社をあげて悪質な退職強要をしたり、 会社の代表者などがセクハラをしたりした。そしてそうしたことが原因で労働者がうつ病になった、などのケースです。
こうした場合に会社の責任が問われるのは当然でしょう。
2.為すべきことをしなかった場合
会社が積極的な加害者とまではいえないかもしれないけれど、 労働者がケガや病気をすることが予想できたにもかかわらず、それを防ぐための手だてを講じなかった、という場合です。
例をあげれば・・↓
-
法令で定められている安全施策を会社が講じていなかったことが原因で、従業員がケガをした。
-
異常な長時間労働が原因で、従業員がたおれた。
-
パワハラ社員がいることを知りながら放置し、従業員がうつ病になった。
-
経験の浅い従業員にじゅうぶんな指導・研修をおこなわなかったことが原因で、事故が起きた。
-
従業員の健康に問題があることを知りながら、仕事を軽減するなどの措置を会社がとらず、 それが原因で従業員の病気やケガが悪化した。
はじめの4つのケースで会社の責任が問われるのは、まぁ理解しやすいところでしょう。 一方で、5つめのケースには首を傾げる経営者も多いかもしれません。↓
-
従業員の健康に問題があることを知りながら、仕事を軽減するなどの措置を会社がとらず、 それが原因で従業員の病気やケガが悪化した。
もともと仕事が原因で健康を害していたのであればともかく、仕事とまったく関係ないところでケガや病気をした従業員にも、 仕事を軽減するなどの配慮を、会社がしなければいけないのでしょうか?
まさにそうです。その場合にも配慮をする義務が会社にはあります。
従業員の健康に問題があることを知りながら、または知って当然の立場にいながら、
何も配慮をせずに病気やケガを悪化させる程の仕事を課すことは、許されないのです。
たとえその仕事が、健康な人であればこなせる仕事、であったとしてもです。
たとえば学校の部活動の顧問が、生徒がケガをしていることを知りながらいつも通りの練習を命じて、ケガを悪化させたのであれば、 配慮が足りないと批判を受けるのではないでしょうか。
それと同じと考えれば、わかりやすいかと思います。
まぁ常識的に考えて、ケガをしている従業員には、何らかの配慮をする会社が多いだろうと思うのですが、 これが高血圧やうつ病となるとどうでしょう?
仕事がつらいなら自分から辞めればいいじゃない。
そんなことまで面倒みてられないよ。
と考えて、配慮をする義務が会社にあるとまでは思わない経営者が、少なくないのではないでしょうか。
しかし法的にそれは通じないということです。
会社に課せられている義務は、おそらく多くの人が考えるであろう水準よりも、重いといっていいでしょう。
でもそれだと、ケガや病気をするほど会社から優しくしてもらえるということになるでしょ? それっておかしくないかしら。
会社は迷惑してるんだから、 満足に働けないなら辞めてもらいたいんだけど・・。
たしかに、会社に関係ないところでケガや病気をされたのに、そのツケを一方的に会社が負わされるのでは酷です。
したがって、病気やケガで充分に働けない従業員に対しては、解雇などの処分が、裁判でいくらか認められやすくはなります。
現実には、従業員の健康への配慮、を口実に、左遷や解雇などの処分をしようとする会社もあり、 なかなか一筋縄ではいかない問題になっています。
ちなみに会社には、定期的に健康診断をおこない、従業員の健康状態をある程度、把握しておく義務があります。 それを怠り、従業員が病気であることを会社は知らなかった、だから会社に責任はない、と主張をしても通りません。
小さな会社の中には、健康診断をきちんと実施していないところが少なくないと思うのですが、 いざという場合に会社が責任を問われる事態になりかねないことを、経営者は理解しておくべきでしょう。
3.使用者責任を問われる場合
会社の責任が問われる3番目のケースは、
使用者責任という名の連帯責任を負う場合です。
例えば会社の上司がセクハラをして、部下がうつ病になったケースを考えましょう。
その場合、直接の加害者は上司なのですが、上司を雇っていた会社にも責任が及びます。
という主張は通りません。
会社が見て見ぬふりをしていた場合、より責任が重くなるのは確かですが、 たとえセクハラに気付いていなかったとしても、会社の業務をおこなう中で起きたセクハラであり、上司と部下、という会社の用意した制度の中で起きたことでもあるのですから、 会社も連帯責任を負うのです。
なんで会社を訴えるの?
会社に請求できるもの
労災について会社に責任がある場合に、会社に請求できるのは、
例えば以下のものです。
(以下で全てというわけではありません)
-
治療費
-
休業補償
-
逸失利益
(後遺症や死亡による、将来の損失分。) -
介護費用
(介護が必要になったとき。) -
慰謝料
(精神的な被害への補償。)
ここで思い出してほしいのですが、治療費や休業補償などは、労災保険からも支払われるものでした。 治療費は原則として全額が、休業補償は60%※が出ます。
逸失利益や介護費用にしても、労災保険と重なる部分があります。
となれば、
という疑問がわくでしょうが、やはりそういうことはなく、片方からもらった分については、もう片方からはもらえないことになっています。
例えば労災保険から治療費が全額支払われたのであれば、会社に治療費を請求することはできませんし、 休業補償が60%支払われたのであれば、会社に請求できるのは残り40%分の休業補償だけということになります。
その通りです。国の保険からは60%しかもらえませんが、会社の責任が認められれば、合計で100%の休業補償を受けとることができます。
(後述する「過失相殺」を考えなければ、という条件付きではありますが。)
休業補償にかぎらず、逸失利益や介護費用など、受けた被害の全額を請求できるのが、会社を訴える裁判における特徴です。 国の保険のような限度額はありません。
裏を返せば、国に労災を申請するだけでは、受けた被害の全てを補償してもらえない可能性があるということです。
特に、会社に請求できるもののうちで、慰謝料・・すなわち精神的な被害への補償は、
労災保険とは全く重なっていないことに注意が必要です。
意外かもしれませんが、労災保険には、精神的な被害を補償する項目がないのです。
つまり、国に労災の申請をしただけでは、慰謝料の分は全く受け取れないことになります。 会社を訴えない限り、精神的な被害の分は少しも補償してもらえないのです。
なお、慰謝料は、死亡事件では数千万円になることも珍しくありません。
会社を訴えるか訴えないかで、これだけの額の差が生じるかもしれないことを、知っておくべきでしょう。
会社の立場から見ると、慰謝料を支払うにあたり国の保険はまったく役に立たないので、 全額を自分たちで払うか、自分たちで民間の保険に入るなりしてカバーするしかないことになります。
数千万円の慰謝料を会社が自腹で払えだなんて、 保険の意味がないじゃないか。
もともと労働者への賠償は、会社が全てを独力で支払うのが原則です。
労働者を保護する観点から特別に労災保険制度を用意しているわけですが、慰謝料は精神的な苦痛への賠償であり、 それが受け取れないから生活に困るという性質のものではありません。
そうしたものまで国が面倒をみる必要はない、ということではないでしょうか。
「過失相殺」という概念について
会社の責任を追及する場合には、 「過失相殺」という考え方が適用されることに注意が必要です。
思い出してほしいのですが、国の労災保険は原則として「無過失責任」でした。
つまり労働者のミスによるケガであっても保険はおりるし、原則として支給額も減らされることはない、という労働者を手厚く保護したものになっていました。
しかし会社に賠償金を請求する場合には、労働者自身の責任も考慮され、↓
会社の賠償金は50%に減らします。
といった判断をされます。
その意味で、国の保険に請求する場合よりも、労働者にとって厳しいものになることが多いといえます。
重要なことなので、覚えておきましょう。
行政訴訟と民事訴訟の関係
ここでおさらいをしておきましょう。
労災をめぐる裁判には2種類があるのでした。
1つは、国の認定に不服なときに国を相手に起こす行政訴訟です。↓
認められないのは不当なので裁判に訴えます。
もう1つは、会社の責任を追及して会社を相手に起こす民事訴訟です。↓
会社に責任があるので賠償金を請求します。
言いがかりはよしてくれ!
ややこしいのですが、
この2つの裁判は互いに独立しています。
一方の判断が、もう一方の判断にしばりをかけるわけではありません。
つまり行政訴訟(国との裁判)の裁判官が、
という結論を出したのに、民事訴訟(会社を訴える裁判)の裁判官が、
ですので会社の責任はありません。
という正反対の結論を出すことも、少なくとも理屈のうえでは、ありえるわけです。
(実際にはそういうことは多くないと思いますが。)
このケースでは、国は労災であると認め、労災保険がおりることになります。
行政訴訟で国は負けたのですから、認めないわけにいかないのです。 民事訴訟(会社を訴える裁判)の裁判官が、仕事が原因ではないと判断したところで、 国の認定を左右するわけではありません。
しかしこの場合、労働者は、慰謝料や休業補償の残り分など(国の保険から漏れるもの)を、会社から受け取ることはできません。 民事訴訟で負けたからです。つまり獲得できる金額は、両方の裁判で勝った場合に比べると、低くなります。
一方でその逆のケースもあり得ます。
つまり行政訴訟(国を訴える裁判)の裁判官が、
と、労災であることを否定したのに、民事訴訟(会社を訴える裁判)の裁判官が、
そして会社には、○○さんが病気になったことについて責任があります。
と、先ほどとは逆の形で意見が分かれてしまうケースです。
この場合、労災保険はおりません。
国との裁判で負けたからです。
しかし、慰謝料や治療費、休業補償、逸失利益など、もろもろのお金を会社から受け取ることができます。 民事訴訟で勝ったからです。
この場合に会社は、原則として、 会社によって労働者が受けた被害の全額を賠償することになるのですが、 ここで重要なのは、この「会社によって労働者が受けた被害の全額」を、会社は国の労災保険と分担して支払うことができず、 全て※を独力で支払わないといけないということです。
思い出してほしいのですが、もしも労災であると国から認められていれば、治療費や60%の休業補償などは保険からおります。 会社は、休業補償の残り40%や慰謝料などを、支払えばいいのでした。
しかし今回のケースでは、なまじ労災であると国から認められなかったがために、本来であれば国の保険から出してほしい、治療費や60%の休業補償さえも、 会社が責任をもって支払わないといけなくなるのです。これは会社にとって最も厳しいケースです。
実際には、行政訴訟(国を訴える裁判)と民事訴訟(会社を訴える裁判)とで、正反対の判断が下されることは多くありません。 つまり今説明したようなケースが生じることは、稀であるといえます。
しかし何らかの理由で・・例えば申請の時効が過ぎたという理由で、労働者が国に労災保険の申請をしないまま、 会社を訴える裁判だけを起こすこともありえるでしょう。
そこでもし会社が裁判に負ければ、やはり会社は原則として、労働者が会社から受けた被害の全額を、賠償金として支払わなければなりません。 労働者は国の保険から補償を受けなかったわけですから、被害を補償する責任は、丸ごと会社にかかってくるのです。
会社を訴える裁判を起こすタイミング
もう一度おさらいをしておきます。
労災をめぐる裁判には2種類があるのでした。
1つは、国の認定に不服なときに国を相手に起こす行政訴訟です。↓
もう1つは、会社の責任を追及して会社を相手に起こす民事訴訟です。↓
会社に責任があるので賠償金を請求します。
言いがかりはよしてくれ!
この2つの裁判は互いに独立しているのですから、どちらを先にやらなければいけないといった決まりはありません。
国との裁判を終えて、晴れて労災認定を獲得してから、次に会社の責任を追及する、
といった流れが最もわかりやすいだろうとは思うのですが、先に会社への裁判を起こすことも可能です。
それどころか、国との裁判を回避して・・つまり国からの労災認定を諦めたうえで、会社の責任だけを追及することもできます。 会社との裁判に勝てば、治療費や休業補償など、受けた被害は会社に補償してもらえるのです。
国相手の裁判は時間がかかるといいますし、2つも裁判をやるより、相手を会社に絞ったほうが負担も少ないと思うのですが。
そんな気もしてくるでしょうが、普通はそうしません。
まず、会社を訴えることができるのは、労働者のケガや病気について会社に責任がある場合だけですから、ハードルが高いという点が1つ。
そして、会社からの賠償金には、前述の「過失相殺」が適用されるので、国の保険より受け取れる金額が少なくなりがちです。 できれば国の保険から受け取っておきたいのです。
お早めのご相談を
以上、労災についてざっとではありますが、説明をしてきました。
自分のケガや病気が労災かもしれないと思う場合、お早めに専門家に相談することをお勧めします。
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