経営が苦しいときのトラブル
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退職金を巡って労働者と会社がトラブルになりやすいのは、会社の経営状態が悪いときです。
いくら退職金制度が会社に存在していたところで、やはり経営者はそれを恩恵的なものと見る向きが強いのか、経営が苦しいときにまで支払うことに違和感を持つことも多いようです。
しかし経営状態の悪化や経済情勢の変化は、本来支払うべきものを支払わない正当な根拠になりません。 こんなに経営が苦しいんだから裁判所もわかってくれるだろう、と期待するのは間違いです。
すると経営者はこう思うかもしれません。↓
そしてこう考えます。↓
満額出るのがうちの会社のルールだったじゃないですか。 ルールはきちんと守ってください。
これからはルールを新しいものに変えようと言ってるだけさ。
この場合、どちらの主張が正しいでしょうか? どちらの主張にも一理あるように思えます。 これを退職金規程(就業規則)の不利益変更の問題といい、裁判でしばしば争いになるところです。
会社が就業規則を労働者にとって不利益な方向に変更しようという場合、原則としては、会社は労働者の1人1人から同意を得る必要があります。一度決まった労働条件を後から変えようというのですから、それが当然といえます。
しかし反対する従業員がいるからという理由でいつまでも就業規則を一切変更できないのでは、会社にとって酷です。 世の中の実情に合っていません。
そこで、会社にとって就業規則を変更する必要性が高く、かつ労働者の受ける不利益がそれほどでもない場合は、 たとえ全ての労働者の同意がなくとも、会社が就業規則を変更することを法は例外的に認めています。 要するに、妥当な範囲に収まっている変更かどうか、がポイントだということです。
Point
何が妥当な範囲の変更であるかは、裁判所がその都度判断することになりますが、 先にも述べたように、一方的な就業規則の不利益変更は原則としては許されないはずの行為ですから、 認められる変更は限定的なものになります。退職金制度の変更となれば、一般の就業規則の変更と比べても、さらにそのハードルが上がります。
それまで存在していた退職金制度を突然廃止しようとしても、認められる可能性は低いでしょう。 廃止まではせず支給額を減らすにしても、新しい制度に移行するまでに一定の猶予期間を設け、その期間は退職者への代償措置として手当を支給するなど、会社側の配慮が求められます。
切り下げる退職金の額が大きいほど、会社に課されるハードルも上がります。 会社の経営状態が苦しく、かつ会社がそれまでに相当の経営努力をしたことを立証する必要が出てきます。
そのうえで、まずは従業員に必要な情報を与え、従業員の同意を得るよう努力すべきなのであり、そうした努力を尽くしても同意を得られなかった場合に初めて、退職金の切り下げができる可能性がある、と考えておくべきです。
引き下げに従業員の同意があった場合は?
原則的にはそうです。労働条件の不利益変更は、労働者1人1人の同意があれば行えます。
しかし退職金の切り下げは、労働者に与える影響が大きいので、特に重要な労働条件の変更とみなされ、そのぶん会社に課されるハードルが高くなります。
労働者の自由な意思による同意ではなく、会社の圧力を受けたことによる不本意な同意があったに過ぎないのであれば、それは同意とはみなされない可能性が高いでしょう。
たとえ威圧的な言動がなくても、常識で考えて労働者が積極的に同意したと思えない内容なら、同意がなかったとみなされやすいです。
例えば、退職金をまるごと廃止するであるとか、数百万円減額するという会社からの提案に、労働者が自由意思で同意するとはなかなか考えづらいものがあります。
労働者が抵抗なく素直に同意したように見える場合でも、「実は嫌だった」と後から言われた場合、労働者が同意してもおかしくない妥当な内容であるかどうかが裁判所から見られるということです。その結果、場合によっては同意はなかったことにされます。
先述のように、会社は労働者の同意がなくとも、退職金の引き下げを行うことができるのですが、その場合も、引き下げの程度の妥当性が問われるのですから、結局のところ、労働者の同意があってもなくても、会社は退職金の引き下げを妥当な範囲に収める必要があるということです。
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