整理解雇・リストラ
会社の経営上の都合によってなされる解雇を、特に整理解雇と呼びます。
経営不振や工場の閉鎖などによって人を減らす必要が生じた場合に行われるものです。
普段あまり耳にしない言葉かもしれません。
経営者の中にも知らない人が少なくない印象を受けます。
「リストラ」がこれと近い言葉ですが、リストラが賃金カットや労働時間の短縮等を含めた幅広い合理化を指す言葉であるのに対し、 整理解雇は合理化の手段を解雇に限定したものといえます。
何でわざわざ区別するの?
法に定められた正式な区別ではありませんが、慣例として区別されています。 労働者の非が問題なのかそうでないのかを明らかにするためです。
普通解雇や懲戒解雇が、勤務態度が悪いなど、著しく非のある労働者を解雇するものであるのに対し、 整理解雇は特にそうした事情のない労働者に、会社の事情で泣いてもらうものです。
裁判をしても負ける可能性が高いのではありませんか?
会社の経営状態がどこまで深刻かなどにもよりますが、整理解雇は労働者に非がない点が特徴ですから、会社に高いハードルが課されています。
いとも簡単に行われてるじゃありませんか。
整理解雇4要件・4要素
整理解雇は労働者に非がない点が特徴であり、その他の解雇事件とは裁判のルールが変わります。 以下の4つの基準を用いて是非を判断するのが慣例となっています。
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人員削減の必要性
会社は人を減らす必要に迫られていたか。 -
解雇回避努力
人を減らす必要に迫られていたとして、ではそれを解雇という手段で実現しなければならなかったのか。 その前に会社は希望退職の募集や新規採用の停止といった他の手段を検討したのか。 -
人選の合理性
人を減らす必要に迫られていて、さらに解雇という手段もやむを得なかったとして、では誰が解雇されるべきか。会社は公平で合理的な人選をしたか。 -
手続きの相当性
会社は労働組合・労働者に誠実に協議説明をしたか。
以前は1〜4のそれぞれの基準について厳格な判断がされていたのですが、近頃では以前よりも緩やかな解釈をする裁判官が増えてきたといわれています。
それでも依然として会社に高いハードルが課されています。
それぞれの基準について、詳しく見ていくことにしましょう。
1.人員削減の必要性
会社が本当に人を削減する必要に迫られていたのか、が問われます。
経営が苦しい、支店や工場が閉鎖された等の事情があると認められやすくなります。
意外かもしれませんが、
「現在経営は苦しくないけれど、業界が斜陽で先の見通しが暗いので、先手を打って人を減らしておきたい」
程度の事情であっても、認められる可能性があります。
つまりこの「人員削減の必要性」、裁判所からはかなり緩めに判断されているといってよいでしょう。
それには理由があります。
裁判官は経営については素人であり、ましてや会社の部外者です。
当事者である専門家が人を減らす必要があるとの経営判断をしているのに、部外者がそれを否定するのはやはり難しいのです。 体調不良を訴える人に向かって他人がそれを否定する難しさと同じです。よほどの根拠を必要とします。
したがって、例えば会社がどこかの工場を閉鎖し、そこにいた従業員の首を切った場合に、 労働者側の弁護士が「工場を閉鎖する必要自体が無かった」と主張する光景がよく見られるのですが、 そうした主張が裁判所に認められる可能性は低いのが現実です。
しかしだからといって整理解雇が簡単にできるわけではありません。
まだ入り口の扉が開いたというに過ぎず、本当の勝負はここからです。
ちなみにどんな事情があると否定されるの?
多数の新規採用を行っていたり、賃金や役員報酬を上げていたりと、会社が傍目にも明らかに人員削減の必要性と矛盾する行動を取っている場合です。
人間に例えるなら、体調不良を訴えておきながらスポーツをして遊んでいた、ということになるでしょうか。
2.解雇回避努力
会社が人を減らすことは仕方ないと認められたとして、では人減らしを解雇という手段で実現しなければならなかったのか、それ以外に取れる手段は無かったのか。この点が問われます。
解雇を決定する前に会社が行うべき努力としては、 希望退職の募集や新規採用の停止、配置転換、役員報酬や賃金のカット、 労働時間の短縮、従業員の一時帰休、遊休資産の売却、などがあります※。
それってずいぶん酷じゃない?
どこまでとはいえません。ケースごとに違います。
裁判官は会社に「整理解雇の儀式」を踏むことを期待しているわけではなく、
できるはずの努力をきちんと行うことを求めています。
できるはずの努力が多ければ、多くの努力が求められます。
少なければ、少ないなりの努力が求められます。
1ついえることとして、希望退職の募集は裁判所から重視される傾向にあります。 それを行ったことがプラスに評価されるというより、むしろ行わなかったことが大きくマイナス評価を受けるという意味ですが。
いいえ違います。退職勧奨は特定の従業員に退職を促すものですが、希望退職の募集は幅広い範囲の従業員の中から無差別的に退職を募るものです。
希望退職の募集を行わずに退職勧奨だけ行っても、努力の範囲が限定的であるとして、裁判所から十分な解雇回避努力と評価されないかもしれません。
無差別に退職を募らなければいけないなんて、おかしくない?
だってリストラって不要な人材に辞めてもらうことでしょ?
何でそのために、必要な人材の退職を募らないといけないの。
それじゃ会社にとって本末転倒だよ。
整理解雇を「普通解雇できない従業員に辞めてもらうチャンス」という戦略的なイメージで捉えてはいけません。
本来は仕方なくなされるものであり、避けられるなら犠牲を払ってでも避けるべきものです。 会社の失敗のツケを労働者に負わせるのですから、原則として最後の手段でなければいけません。
3.人選の合理性
会社が人を減らすことは仕方ないと認められたとして、さらには解雇という手段もやむを得なかったとして、 次に問題となるのは誰を解雇すべきかという人選の合理性です。
意外かもしれませんが、整理解雇において、解雇する従業員を会社が自由に選ぶことはできません。 会社がもしも5人を選んだのであれば、どういう根拠でその5人を選んだのか、会社は客観的かつ合理的な基準を示す必要があります。
誰かに嫌な役回りを押し付けなければいけないのであれば、せめてその人選は公平・公正に行われなければならないはずです。
彼らの能力を1番知ってるのは経営陣なんだからさ。
【能力を基準にしたリストラは難しい】
リストラというと、能力や勤務態度の劣る従業員を対象にするものというイメージが強いと思うのですが、 実際にはそうした基準で整理解雇を行うのは、なかなか難しいものがあります。
理由は2つ。1つは従業員の能力・勤務態度に問題があったことを客観的に証明するのが難しいこと。 もう1つは能力・勤務態度を客観的に比較するのが難しいことです。
例えば会社がAさんを、作業能率の低さを理由に整理解雇の対象にしたとしましょう。
そこで会社はまず、Aさんの能率が低かったことを、客観的な証拠を挙げて立証しなければいけません。
仮にそれが上手くいき、Aさんの能率に問題があることを裁判所が認めたとしても、次に会社は、Aさんよりも作業能率の劣る従業員が他にいなかったこと、までも併せて証明しなければいけません。
というのも、もしも整理解雇の対象になっていないBさんの作業能率が、実はAさんと同等かそれ以下なのだとすれば、Bさんは辞めさせられないのにAさんだけが辞めさせられるのは不公平だからです。
しかし普段からよほどしっかりした人事考課を行っている会社か、あるいは小さな会社でもない限り、 Aさんとその他従業員の作業能率をいちいち比較することなどできないでしょう。業務の種類が異なる従業員の間では、さらに比較が難しくなります。
したがって整理解雇においては、全従業員を客観的にリスト化・序列化できるような基準が好まれ、能力や勤務態度といった総合的な評価は、基準としてあまり用いられないのです。
だったら今から作るわよ! 全従業員の査定リストを徹夜で作ってみせるわ!
いかにも信憑性に欠けます。
これなら能力を基準にリストラしてOKでしょ?
本当にその査定は信頼できるものでしょうか。
人間を客観的に評価するのは簡単なことではありません。
B評価とC評価の違いやその判断基準を、会社は根拠をもって説明できますか? どういうケースでB評価がつき、どういうケースでC評価がつくのか、査定のための詳細なガイドラインがあるのでしょうか。
またそのガイドライン自体につじつまの合わない部分は無いでしょうか。
A〜Dの各評価に与えられる得点の重み付けは、適切に能力の違いを反映したものになっているでしょうか。
だったらもう面倒だから営業の成績が悪い順に解雇すればいいや。
これなら誰が見たって客観的だから、さすがにOKでしょ?
人選に用いられる基準には、例えば以下のものがあります。↓
- アルバイトやパートなど、会社への帰属性の低い者
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賃金の高額な者
(一般的には高齢の従業員) -
再就職がしやすい者
(一般的には若い従業員) -
受ける打撃の少ない者
(扶養家族のいない者、子供が既に成人に達している者) - テスト等の成績が劣る者
- 遅刻・欠勤・懲戒処分の数が多い者
- 閉鎖される部門や工場で働く労働者で、配転が難しい者
こうした基準のいくつかを組み合わせて用いるのが通常です。
【例】
これらの基準を用いれば、人選の合理性が必ず認められるわけではありません。
そもそも上で挙げた基準には、互いに矛盾するものもいくつか含まれています。
結局のところ、妥当性は個々のケースごとに判断されます。
同じ50代の労働者であっても、大企業で働いていて既に十分な貯蓄があることが見込める50代と、
そうでない50代とでは、人選の持つ意味が違ってくるはずです。
裁判所が見るのは基準そのものではなく、その基準によって生活の糧を奪われようとしている個々の人間である、ということです。
4.手続きの相当性
ここまで「人員削減の必要性」、「解雇回避努力」、「人選の合理性」という3つの基準について見てきましたが、最後の基準は「手続きの相当性」です。
会社が労働組合・労働者に十分な説明を行い、誠実に協議をしたのか、という点が問われます。
なぜ整理解雇をしないといけないのか、会社の経営がどれだけ深刻なのか、決算書等の資料を示しながら説明します。
そして解雇する人数はどれぐらいにして、どういう基準で選べば良いか、どの程度の補償がされるのか、等について労働者側と協議しましょう。
やった方が良いというだけじゃないの?
どうせ平行線になるんだし、やる意味無いんじゃない?
合意に達することができたかよりも、会社が最低限の誠意を見せたのかという点が重要です。
思うにこの「手続きの相当性」に関しては、会社に課されたハードルはそう高いものではありません。 ここでつまずくとすれば手続きに無知であったか、あるいは会社側にやましいことがあり、労働者から逃げ回るケースでしょう。
経営不振を建前にして労働組合員の追い出しを図ったり、普段から決算を粉飾していたりする会社は、 まともに労働者と向かい合って協議することができないので、この「手続きの相当性」の基準に引っ掛かりやすいのです。
ということでお疲れさまでした。
以上の4つの基準に基づいて是非が判断されます。
整理解雇は会社に求められる手続きが多いため、便宜上このページは経営者からの質問に多く答えるという形で説明を進めましたが、 加地弘は労働者を守る側の弁護士です。 お悩みの方はご相談ください。 まずはお気軽に電話無料相談からご利用になってはいかがでしょうか。