よくわかる、懲戒解雇のポイント
弁護士が見るポイント、目のつけどころ
業務命令を無視するなど勤務態度が悪かったり、私生活で犯罪を起こして捕まったりといった従業員を、 会社は制裁の意味を込めて解雇することがあります。
大きく分けて普通解雇と懲戒解雇の2種類があるのですが、ここでは飲酒運転を例に挙げ、懲戒解雇の裁判のポイントを説明していきます。
飲酒運転に向けられる世間の目は厳しいので、アオバさんにとって裁判は簡単なものにはならないでしょう。 しかし勝算はゼロではありません。弁護士は諦めずに、アオバさんに有利な材料を、あらゆる角度から探します。
飲酒運転の相談を受けたときに弁護士が見るポイントは次のようなところです。↓
勤務中に飲酒運転で捕まったとなれば、不利な材料になるのはもちろんです。
反対に、私生活で起こした不祥事を理由に会社が労働者に懲戒処分をするとなると、いくらかハードルは上がります。非違行為ではあっても、私生活上の行為であり、本来会社側が介入できない領域だからです。
お酒をどの程度飲んでいたのだろう?
飲まないつもりだったのに周りから勧められてつい飲んでしまった。
運転を務めるはずの友人が急用で先に帰ってしまい、最初は断ったけれど、仲間から頼まれて最後は運転を引き受けてしまった。
そういった事情がないかを確かめるのは、弁護士の仕事の基本です。 とりわけ、飲酒運転で捕まったことをアオバさんが自分から会社に申告していたのかどうかは、大事なポイントになります。
プロの運転手でなければ良いのだけれど・・。
同じ飲酒運転でも、運転を業とするプロドライバーが起こすのと、事務職の従業員が起こすのとでは、意味が変わってきます。
アオバさんがあまり車を運転しない仕事に就いているとすれば、今回の飲酒運転が会社の業務に与える影響は、そう大きいものといえないかもしれません。
懲戒解雇の妥当性をめぐる裁判においては、労働者の非行が会社に与えた影響の大きさが問われます。
アオバさんの飲酒運転によって、会社の業務や社会的評価にどのような被害が生じたのか、またこれから生じることが予想されるのか、こちらはその点を突いていきます。
何年も前の行為を理由にした懲戒解雇の有効性は、認められない可能性が高いといえます。 会社からすれば、過去に処分しないであげた「貸し」を今こそ返してもらおうというつもりでしょうが、「貸し」にも賞味期限があるということです。
それに不自然なタイミングでの解雇には、何か他の動機が隠れていると考えるのが普通です。 もしも不当な理由・・・例えば労働者が労働組合に入っていることを疎んじた・・・が窺えるようなら、我々にとって大きな攻めどころとなります。
本当は酒気帯び運転で捕まったのに、アオバさんも会社も、「酒気帯び」と「酒酔い」を区別しておらず、懲戒処分の理由には「酒酔い運転」と書いてあった。こうしたケースでは、そもそも事実の認識が間違っているのですから、処分の無効を主張しやすいといえます。
ただし会社は、書き間違えただけと反論してくるでしょう。
我々としては、会社が「酒酔い」と勘違いしていたらしき点、あるいは「酒酔い」と「酒気帯び」の区別をつけていた形跡がない点を、会社の事情聴取の様子などを元に、立証したいところです。
いい加減な懲戒処分であったことを印象づけることができます。
1つの罪には1回の罰。これが懲戒処分の原則です。
もしも会社が今回のアオバさんの飲酒運転に対し、一度は減給処分としたのに、その後で改めて懲戒解雇としたのなら、解雇を無効にできる可能性が高いです。
懲戒処分には過去のケースと比較したうえでの公平性が求められます。
同じ飲酒運転という罪を犯した場合に、処分の重さが従業員によって全く違うのでは不公平です。
一方で会社は「飲酒運転に対する世論の目が昔と比べてはるかに厳しくなっているのだから、過去の処分の重さと比べても意味がない」 と反論してくるでしょう。そして会社がここ最近、いかに飲酒運転に厳しい取り組みをしてきたかをアピールしてくるはずです。
こちらとしては、そうした会社の取り組みが形式的なものに過ぎなかったことを立証してみせたいところです。
だとすれば作成されたのはいつだろう?
懲戒解雇の裁判においては、就業規則の存在がとりわけ大きな意味を持ちます。
というのも就業規則の有無や作成の時期、そして内容によっては、懲戒解雇がいっぺんに無効になるかもしれないからです。
※ 懲戒解雇は無効とされても、普通解雇として有効であると判断されることはあります。
無効になる可能性が高いのは、次のような場合です。↓
- 会社が就業規則を作っておらず、かつ労働契約書にも懲戒処分について書かれていなかった場合
- 就業規則はあるけれど、懲戒処分について書かれていなかった場合
- 就業規則はあり、懲戒処分について書かれてもいるけれど、今回の処分の根拠となりそうな事由や、具体的な処分内容が明記されてない場合
就業規則はアオバさんが飲酒運転で捕まった当時に存在していなければいけません。 懲戒解雇をする直前に慌てて作っても遅いのです。
就業規則が作成されている場合でも、その内容が不完全であれば、会社は意図する懲戒を行うことができない可能性があります。
平成18年に福岡で起きた事故を境に、飲酒運転・酒気帯び運転に対しての罰則を強化する企業が増えましたが。しかし逆にいえばそれまでの就業規則は、飲酒運転を厳罰に処するのに何らかの意味で不都合があったということです。
もしかしたらアオバさんの会社の就業規則は、私生活における飲酒運転を懲戒する明確な根拠を欠いているかもしれません。 そうでなくても、就業規則を隅から隅まで読めば、アオバさんをいくらか有利にする材料を見つけられるかもしれません。
例えば就業規則では、飲酒運転をした労働者に対して、会社は懲戒解雇だけでなく停職や減給処分を科すこともできることになっていたとします。
それは裏を返せば、飲酒運転をしても懲戒解雇にならない可能性があることを会社が認めている、とも取れるわけですから、悪質な飲酒運転でなければ会社はアオバさんを懲戒解雇できない、と我々は主張することができます。
なお、付け加えておくと、就業規則の懲戒事由は社会的に妥当な内容でなければいけません。 「会社はいついかなる理由でも従業員を懲戒処分できることとする」といったデタラメな内容は、規則としての法的効力を持ちません。 規則は万能ではないということです。 */ ?>
就業規則はただ定めるだけでは意味がありません。
それを従業員に周知させることで、初めて規則としての効力を持ちます。
会社が周知をさせていなかったのなら、懲戒処分は認められない可能性が高いです。
これは労働者にとって一見かなり有利な材料のようで、実はそれほどでもありません。
というのも、「周知させる」とは、何も従業員の1人1人に就業規則をレクチャーしたり、就業規則を配布したり、という意味ではないからです。
会社に求められるのは、就業規則を印刷したものや電子データ化したものを会社(または営業所)に備え付けておき、従業員が希望すればいつでも見られるようにしておく、という程度のこと。普通の会社であればまず問題にならないのです。
とはいえ、中には就業規則を従業員に見せることを拒む会社もあります。
工場で従業員を働かせておきながら、就業規則は本社にしか置いていないというケースもあります。
そうした会社と争う際には、大きな威力を発揮するポイントです。
例えば就業規則に、「懲戒処分をするに当たって、会社は労働組合と事前に協議をする」といった内容がある場合、 それを明からさまに無視した懲戒解雇は認められない可能性が高いです。
仮に会社が事前協議を行なっていても、それが形式的で不誠実なものでなかったか、こちらにはまだ追及の余地があります。
従業員を懲戒解雇するに当たり、特に手続きが定められていない場合でも、 会社は最低限、本人から弁明を聞くぐらいのことは、しなければいけないとされています。
本人の話をろくに聞こうともせず一方的な思い込みで、会社が無実の人間に懲戒解雇という処分を科したのなら、解雇が無効になるのはもちろん、会社は慰謝料を請求されてもおかしくありません。
では、懲戒事由に当たる行為があったことは事実だけれど、会社が従業員の話を全く聞こうとしなかったとか、「本当のことを言えば懲戒処分はしないでやる」等の嘘があったとか、圧迫があった等のケースはどうでしょうか?
そういう場合でも、手続きに問題ありということで懲戒解雇は無効になるのでしょうか?
学説上は無効になるとする見解が有力です。しかし現実にはそれほど重視されていない印象も受けます。
労働者の非違行為が重い場合、「労働者がその気になれば反論する機会ぐらい見つけられたはずだ」とか「会社の嘘がなくても労働者は自分から喋ったはずだ」などの理由で、裁判所は懲戒を認める傾向があります。どんな懲戒解雇も無効にする魔法の杖というわけではなさそうです。
過去に懲戒処分を受けたことはあったのだろうか?
アオバさんが過去にお酒にまつわる懲戒処分を受けたことがあるのなら、こちらに不利に働いてしまいます。 たとえお酒と関係なくても、無断遅刻やその他もろもろの勤務態度不良で処分を受けたという過去は、裁判官の心証にマイナスでしょう。
反対に、アオバさんがこれまで何の問題も起こしていないとか、成績も優秀だったとか、お客さんの評判も良かったとか、部下にも慕われていたとか・・・。
残業や休日出勤にも快く応じていたとか、給料やボーナスのカット・配転にも我慢したとか、働き過ぎで家族を犠牲にしているぐらいだったとか、 会社の緊急事態に真っ先に馳せ参じ徹夜で対処に当たったとか・・・ とにかくそういう材料があるなら、積極的に主張していくべきです。
会社のために尽くしてきた労働者が、たった一度の非行で会社から追い出されるのはいかにも酷に過ぎる、と裁判官も思ってくれるかもしれません。
相手方の主張をのらりくらりとかわしたり、揚げ足を取っているだけでは、懲戒解雇の裁判には勝てません。 こちらが負けているところからスタートするのですから、少しでもプラスになる材料は、何であれ挙げていきましょう。