能力不足を理由にした解雇
能力不足を理由にした解雇は、大きく2つに分かれます。
1つは通常使われる意味での能力不足、つまり成績不良を原因とするもの。
もう1つは病気やケガによる労働能力の喪失が原因のもの。
交通事故に遭い歩けなくなってしまったことが原因で外回りの営業ができなくなった、
うつ病に罹ったことが原因で出社することができなくなった、などのケースです。
このページでは最初のケース、成績不良が原因の解雇について説明します。
「成績不良」、「能力不足」の意味するところ
能力不足と聞いて経営者が思い描く基準と、裁判所が思い描くそれとの間には、おそらくかなりのギャップがあるでしょう。
能力不足と経営者が考える労働者とは、つまるところ自らが求める水準に達していない労働者のことです。 同じ給料を払うならもっと良く働いてくれる人が他にいるかもしれない、と彼らが思っている従業員全員のことです。
一方で裁判所が解雇を認めるところの能力不足の労働者とは、著しく成績が不良なためもはや活用の仕様がなく、辞めてもらうより他に方法がなさそうな労働者のことです。 もっと良い人材が他にいるからという程度の理由で、会社が今の従業員を追い出すことを、裁判所は認めません。
例え話をしましょう。子供がお父さんに新しいパソコンをねだったとします。
パソコンは今もあるのですが、もう古く使い勝手が悪くなったので、新しいモデルが欲しいと言うのです。
勉強もはかどるんだよ!
要するに、経営者の価値観は得てして上の子供のそれに近く、裁判所は下のお父さんに近いということです。 (あくまで例え話なので、労働者を物扱いするな、といった批判はどうかご容赦ください。)
能力不足による解雇が認められるとき
能力不足を理由にした解雇が正当と認められるためには、少なくとも次の4つを充たすことが求められるでしょう。
- 成績が著しく不良であること
- 評価が公正なものであること
- 改善の見込みが乏しいこと、改善の機会を与えてもダメだったこと
- 労働者の能力不足が原因で、業務に支障が生じていること
1.成績が著しく不良であること
これまで述べてきた通り、能力不足を理由にした解雇が認められるには、もはや就労させることがふさわしくない程の、著しい成績の不良が見られなくてはいけません。他の社員に比べて成績が悪いというだけでは、解雇は認められない可能性が高いといえます。
ただし、高度な専門能力を期待されて即戦力として中途入社した社員(例えば上級管理職、エンジニア、金融トレーダー等)には、いくらか緩めの判断を裁判所はします。それなりの能力を持っていることを約束して入社したのですから、約束を守れなかった労働者に非があるとの理由です。
判例を見ても成績不良による解雇が認められているのは、多くが上に挙げたような中途採用の高い専門能力を期待される労働者です。 英語が必須の職場で英語が喋れない、システムエンジニアなのにプログラムが書けない、管理職なのに他人の指示がないと動けない・・・。
逆にいえば、もしも一般の事務職を作業効率の悪さを理由に解雇した場合、認められる可能性はかなり低いということです。
2.評価が公正であること
成績が悪いといっても、それが本当に公正な評価によるものなのか、という点が問われます。 労働者の能力を誰がどういう方法で査定していたのでしょうか?
査定は客観的な数字によって決まっていたのでしょうか。 それとも上司の主観で決まる類のものだったのでしょうか。だとすれば上司は部下を公正に評価する能力や資質を持っていたのでしょうか。 自信を持ってそう言えるのでしょうか。
目標の達成率が悪いと言うなら、目標そのものに問題があった可能性はないのでしょうか。 目標は誰がどんな根拠で定めたものだったのでしょうか。
裁判で問われるのは部下の能力だけではありません。 上司や経営陣の能力・資質も問われるのです。
3.改善の見込みが乏しいこと
仮に労働者の成績不良が事実であったとして、では成績に今後改善の余地はないのか、他の部署に配置転換できないのか、という点が考慮されます。
会社はこれまで、どんな指導や研修を労働者に行ったのでしょうか。その内容は十分なものだったのでしょうか。上司の指導力に問題はなかったのでしょうか。
ろくな研修も施さないまま、新人を現場の最前線に送り出し、潰れるなら勝手に潰れてくれ、という姿勢でいる会社は少なくありません。潰れれば自分から辞めるだろうし、よしんば辞めなくても、能力不足を理由に解雇すればいい。そんな思惑が透けて見えます。
「向いてない仕事なら早めに辞めるのが本人のため」という勝手な理屈をつけて、新人なら解雇して良いと会社は思っているのかもしれませんが、むしろ労働者が新人であるほど、能力不足を理由にした解雇は認められにくいのです。
ただし同じ新人でも、高度な専門能力を買われて即戦力として中途入社した社員(例えば上級管理職、エンジニアや金融トレーダー等)に対しては、 裁判所もいくらか緩めの基準を適用します。「即戦力」なのですから、それにふさわしいレベルが求められるということです。
4.業務に支障が出ていること
労働者の能力に著しく低い部分があったとしても、それが原因で会社の業務に支障が出ているわけでないのであれば、解雇の正当な理由になりません。
例えば極端に無口でコミュニケーション能力の劣る労働者がいたとして、 しかし普段の彼の仕事が一人黙々と行う種類の作業であるのなら、会社は特に実害を受けていないと考えることができます。 多くの人にできることができない、というだけでは、解雇の理由として不充分なのです。
会社はこんなことを言ってくる
裁判で会社がよく繰り出してくる主張を、いくつか紹介しましょう。
なおここでは原告の労働者を、仮に「アオバさん」と呼ぶことにします。
よくある主張です。裁判所は、労働者の能力不足が会社に実害を与えたかという点を重視します。なのでアオバさんのせいで会社が取引先を失った、またはこれから失いそうだ、という主張が認められると、こちらにとって不利になります。
とりわけ、弱い立場である下請けの会社が、アオバさんの能力が足りなかったばかりに指名を外される危機に陥っている、となると事は重大です。厳しい景気の中で苦闘している中小企業の社長を、裁判官は応援したくなるはずです。
しかし会社のこうした主張は、そもそもが単なる嘘であることも多いので、取引先に電話をするなりして確認します。 それだけで嘘は発覚します。そういうケースは本当に多いです。
完全な嘘とまでいえずとも、会社がアオバさんの責任を誇張していることも考えられます。すなわち取引先の主な不満はもっと別の点にあり、それに取引先がクレームを入れた際、ついでにアオバさんについても少し文句を言っただけだった。それなのにいつの間にか、アオバさんこそが取引先を怒らせた最大の原因であったことにされていた。そんなケースです。
何にせよ嘘は発覚するのであまり心配いらないのですが、本当にアオバさんが原因で相手を怒らせてしまったのであれば、我々にとって不利な材料です。
そのときは、本当にアオバさん一人の責任なのか、会社の人選やサポート体制に不備はなかったのか、アオバさんを他の部署に回すことはできないのか、などを問題にすることになるでしょう。
またアオバさんが深く反省をして、その後同じ失敗を繰り返さないよう独自の工夫をしていた、などの事実があるのならプラスに働くはずです。 向上心を持って仕事をしている労働者に、裁判官は好印象を持つものです。
神経質すぎるお客、非常識なクレーマーは、どこにでもいます。
お客と接する仕事をしている労働者なら、理不尽なクレームを受けることぐらいあるでしょう。
会社も普段はそんなクレームを受け流しているのでしょうが、裁判になった途端、その時の記録をいそいそと持ち出してきて、 「こんな声が届いてますよ」と、労働者を責める材料として利用します。
それに対して我々は、こうした主張をできないか、検討することになるでしょう。↓
- クレームは一方的なもので、しかも詳しい状況も書かれていないので、アオバさんに非があるのか判断できないこと
- 他の労働者に比べて特に多いクレームを受けているわけでないこと
- 会社はクレーム直後にアオバさんにほとんど指導をしていない、つまりアオバさんに大きな非がないことを認識していたと思われること
裁判官は単純ではないので、クレームが来ているというだけで、その内容を直ちに真に受けたりしません。
数をあげれば有利になると考えて、労働者の些細な欠点・失敗をあげつらう会社が多く見られます。「塵も積もれば」というものではないので、こちらとしてはあまり怖くありません。会社の実害はどれぐらいあったのですか?と返しておけば大抵は充分です。
しかし些細なミスでも何度も繰り返しているようだと、 意欲が無い、反省が無い、上司に対して反抗的、と捉えられ裁判官の心証を損ねる可能性も出てきます。
裁判において、能力不足と勤務態度の悪さ・・遅刻が多かったり上司に反抗したり・・はセットで問題にされることが多いです。 どちらも労働者としての適性を欠いている、というくくりで見れば同じようなものだからです。
労働者の人格に問題ありと裁判官に思われれば、能力・成績という面でも不利な判断をされる可能性が出てきます。結果として能力不足一本、あるいは勤務態度と能力不足の合わせ技一本のような形で、解雇が有効にされてしまうかもしれません。
特に上司への反抗には、注意が必要です。会社が不要の労働者を追い出したいと思ったとき、まずは能力に難癖をつけて退職勧奨をするのが普通ですが、労働者がその理不尽な指摘に反発し、上司に反抗的な態度を露にするようだと、それを逆手に取られてしまいます。
裁判所も労働者のその辺りの事情を理解してはくれます。しかし基本的に、上司を睨みつけたり、無視をしたり、声を荒げて威嚇するなどは、会社という組織に身を置く者として、すべきではない行為です。
(まぁわざとそういう仕事を与えたんだけどね♪)
会社は解雇したい労働者を、わざと向いていない仕事に就かせることがあります。
典型的な例としては、それまで未経験の人間を営業部門に回すことがあげられます。コストの高いベテランを営業に回し、会社は替わりに安上がりの新人を採るのです。
営業は、人によって向き不向きの分かれる業務です。できない人は全くできません。
鮮やかに成績不良が際立つため、解雇の理由にしやすいと考えるのでしょう。
会社としては「してやったり」のつもりかもしれませんが、我々はそれに対抗し、こうした点で会社を追求していきます。↓
- 他の部署への配転の可能性は無いのか
- そもそも何故アオバさんを営業に回そうと思ったのか
- 他に任せる仕事が無かったと言うつもりならどうして新人を採っているのか。会社の不適切な人事のツケを労働者にまわすつもりなのか
よこしまな目的でなされた行為には、どこかに無理が生じるものです。 こちらはそこを見逃しません。
これは裁判というより、その前の段階である解雇をする時に経営者が口にする言葉です。こう主張する経営者の中には、普通解雇と整理解雇とを混同している人がいます。
会社が「任せる仕事がない」といっても、その原因がアオバさんと会社のどちらの側にあったのかという点が、裁判では決定的に重要なのです。
アオバさんの能力があまりにも低くて何も任せられる仕事がない、ということならそれは能力不足が原因の普通解雇がふさわしい事案です。
そうではなく、アオバさんの能力は可もなく不可もないレベルだけれど、 会社にはもっと有能な社員がいてアオバさんに仕事を回す必要がなくなったということなら、 それはどちらかといえば会社側の事情であり、つまりは普通解雇でなく整理解雇の事案です。
しかしこの2つを区別していない経営者は、「任せる仕事がない=労働者の能力不足」と単純に考え、アオバさんを普通解雇します。そして労働者に訴えられてから、どうも能力不足という名目での解雇では、裁判を闘えなさそうなことを知る。
かといって今さら整理解雇だとも言えないし、そもそも整理解雇が認められるために必要な措置を会社は何も講じていないので、勝ち目が無さそう。困った会社が最後に選ぶのが、嘘を付くことです。
「アオバのせいで取引先を失った!」
「人間的にも大いに問題があった!」
会社が裁判でこうした嘘を付くのは、そもそも解雇の理由がいい加減なものだったからです。